大野正和『まなざしに管理される職場』はアジャイラー必読

個人的にすごく考えさせられる本に出会えました。

たとえば、ドイツに関する報告では、1980年代後半からの「ジャスト・イン・タイム」や「リーン生産方式」といった日本的経営の手法の導入が、ストレスにつながっているといわれる。(15ページ)

だが、驚くべきことにジャスト・イン・タイムといった日本的経営・生産システムの組織デザインでは、このスラック資源を取り除いて構成員同士の強い相互依存関係をつくりだしたのだった。これに顧客第一主義が結びつくと、職場から市場まで一貫した強い人間関係の連鎖が生まれるのである。ひたすら顧客(市場)を志向した生産への努力は、納期の厳守や製造のムダとりなどあらゆる局面にわたって人々を駆り立てる。(38ページ)

ピア・プレッシャーには、「他人に負担(迷惑)をかけた者に制裁を加える」という傾向だけではなく、「他人の負担を軽減しよう(助けよう)」という積極的態度を賞賛する機能がある。それは、「仲間に迷惑をかけない」という消極的な意味合いを超えて、「みんなで助け合ってがんばろう」という集団的な連帯感や高揚感にささえられた働き方を生み出すのである。相互監視というお互いの仕事チェックと同時に、相互扶助による仕事の協調がはかられる。(51ページ)

「仕事の分担をまっとうするために」自分の限界まで働くほどに、みんなが「責任を自覚して」いる。それゆえ、まわりの「誰にも仕事上の負担をかけまい」という意識をもって必死に働くのである。仕事に対する強い責任感とそれが果たせないことへの罪悪感。チームワークのしくみは、メンバーの内面心理にまで無視できない影響を及ぼす。(84ページ)

アメリカは日本に学んだ結果、日本型経営手法の一つとして、タテの関係からなる管理である「垂直的管理」だけではなく、同僚同士による「管理」である「水平的管理」を導入した。これにより、ピア・プレッシャーによるストレスやメンタルヘルスの問題が増大が無視できなくなってきた、と著者は説明しています。
そもそもワーキングスタイルのグローバリゼーションとは、日本から見ればアメリカナイゼーションである一方、欧米からはジャパナイゼーションであるともいえる、という指摘もしています。

もっとも、本書では「水平型管理」を一方的に問題視しているわけではありません。むしろ、そのプラス面を評価してすらいます。ただ、このような「水平型管理」の拡大は欧米にとっても避けられないものであるとして、それが従来の「垂直型管理」と組み合わさった結果、どのような変化が起きているのか、そして今後起きるのか、それを注意深く見守る必要がある、という慎重な態度を示しています。

アジャイル開発の文脈でよく取り上げられる顧客志向、チーム志向は、リーン生産方式への親和性がうたわれるところからしても、このような日本型の「水平型管理」の一環であることは疑い得ないでしょう。顧客を巻き込んだ開発は、顧客に対し今まで以上のプレッシャーを押し付ける側面もあるでしょう。それは顧客にとっても労働強化や、アジャイルになじまないひとに対するストレスやメンタルヘルスの問題を引き起こす可能性があります。

アジャイル開発は、開発者や顧客にやりがいをもたらすという意味では素晴らしいものかもしれませんが、それが新たな問題を引き起こす可能性もありえます。でも、もう後戻りは出来ないのかもしれません。本書でも、水平型管理が導入された職場の労働者の発言として、「何があっても、昔のやり方に戻るのはいやなのよ。そうでしょ。」という言葉がありました(100ページ)。アジャイルを導入した結果、それがたとえ労働強化につながったとしても、「昔のやり方に戻るのはいや」になってしまいそうな気がします。

参考: id:yukihonda:20051223 (特にコメント欄での著者の発言)