大野正和さんへのお返事

http://d.hatena.ne.jp/takahashim/20051230#c1136188711

コメントどうもありがとうございます。長くなったので本文に書きます。

アジャイル開発は「アジル生産システム」とは関係なさそうです。アジャイル開発(またはアジャイルソフトウェア開発)は、2001年2月にアメリカで生まれた言葉で、ソフトウェアを重厚長大な計画のもと開発するのではなく、もっとシンプルかつ顧客や開発者間など、人間のコミュニケーション重視で開発する手法です。

アジャイル開発と目されている開発手法は複数あるのですが、その中でもXP(エクストリーム・プログラミング)がアジャイルの最右翼と言われています。XPは二人一組になって同じディスプレイ・同じキーボードを共有し、互いに相談しながら相互監視状態の下でプログラミングをする「ペア・プログラミング」や、顧客といつでも相談できるように、ずっと開発者のそばでいさせる「オンサイト顧客」など、当時のソフトウェア開発の常識では考えられない手法(プラクティス)を唱え、賛否両論の熱い議論が展開されました。というか、時系列を正せばアジャイルよりXPの方が先に生まれたもので、XPと、XPほど極端(extreme!)ではないけれど目指すところが似ている他の開発方法との総称として、「アジャイルソフトウェア開発」という言葉が作られた、というのが歴史的経緯です。

なお、XPの入門本でありバイブルでもある「Extreme Programming Explained: Embrace Change」は昨年第2版が出版され、そこでは冒頭から「XP is about social change.」とぶちかましながら、単なる開発手法を越えた壮大なビジョンが展開されており、一部の読者は驚愕しました。私の周囲ではXPの再評価が流行っています(私が周囲を巻き込んで一人で騒いでいるだけかもしれませんが……)。

なお、アジャイルは日本的経営というか、リーン生産方式との類似性が指摘されています。上記XP本第2版でも、「トヨタ生産方式」という章を設けて、TPSを礼賛していますし、リーン生産を真似た「リーンソフトウェア開発」という開発方法も提唱されています。もっとも、日本のソフトウェア開発はぜんぜんTPSっぽくなくて、むしろ海外から逆輸入している感じです。

興味深い(ような気がする)ところは、これはマネージャではなくプログラマが熱烈に支持をしている、「現場からの改革」であるところです。つまり、プログラマが自ら顧客をも巻き込んだ水平的管理を欲している、というのが現在のプログラミング開発の最先端の現場の状況なのです。これは、日本のソフトウェア開発は恒常的に問題を抱えていること、さらにはプログラムを開発を進めれば進めるほど不具合の数が増えていって収束しなくなり、納期が極端に遅れたり、プロジェクト自体が破綻したりする「デスマーチ」なるものが業界用語として定着しているくらいなため、むしろまともな管理を求めている、ということや、その際に現場を知らないプロジェクト・マネージャーや上司に管理されるくらいなら、勝手知ったる同僚に管理された方がマシ、と思っているからかもしれません。

ところで、ざっと関連書を眺めたところでは、ITエンジニアのメンタルヘルスについて、労働問題として触れている研究書はあんまりなさそうですね(ヘルスケアの観点からの本や雑誌記事はあります)。IT業界ではメンタルヘルスは比較的日常的な問題となっており、死には至らないにしても心療内科に通ったことがあったりする例は枚挙に暇がないようで、あるアンケートでは「医師に心の病と診断を受けた人が約2割」というすごすぎる結果が出ていたりします(とはいえ、このデータは母集団に偏りがありそうですが。出所: http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20041104/152152/ )。

というわけで、この辺りはある意味研究の題材には事欠かない、「宝の山」にもなりうるジャンルですので(<もちろんソフトウェア業界に属する者としてはとっても皮肉な状態なので、とっとと「宝の山」じゃなくなるように日夜励んでいるのですが……)、興味があれば調査されてもよいのではないかと思います。

……とまあ、こんな感じの説明でよろしいでしょうか? ソフトウェア開発に携わっていないひとにはちんぷんかんぷんじゃないかとちょっと不安なのですが……。
実際、アジャイル関連のサイトや本で、IT関係者じゃない人向けのものってぜんぜん見当たらないのですよ。もっとも関係者でもないのに興味を持つひとがほとんどいない(ふつうはそんなんに興味を持たない)というのはあるでしょうけど。