坂本真綾・鈴木祥子

坂本真綾夕凪LOOP』を聴いています。鈴木祥子さんが参加されていたので。

http://syokosuzuki.sakura.ne.jp/suteki/suteki5-11-27.html

このアルバムに祥子さんが参加されているのは、とても意義深いと思います。なぜなら、鈴木祥子という人は、このアルバムで坂本真綾さんが迎えた「転換点」を、今から10年以上前に迎え、それを乗り切って、現在までも歌いつづけることができた人なので。

祥子さんはデビュー当時、「girl pop(死語)」というか、「歌がうまくて曲も作る可愛い女の子」、という路線で売り出していました。川村真澄佐橋佳幸西平彰に加えて鈴木祥子、という布陣による楽曲の完成度は非常に高く、端的に言って「完璧」(<小川洋子用語(謎))でした。その集大成は、その当時のベストアルバム「Harvest」に結実しています。今でも中古CDとかで手に入るかもしれないので、聴いてみてください。

しかし、その路線が『SNAPSHOTS』でいきなり転換します。ロックな感じ(というんでしょうか? ロックはよく知らないけど)になってしまって、そりゃあもう大騒ぎでした。もしその当時にamazonがあったら、その荒れ方は『夕凪LOOP』の比ではなかったでしょう。このアルバムで離れてしまったファンは少なくなかったようです。実際、私もこの時期に祥子さんはあまり聴かなくなりました(その前のRadiogenicの頃からだったんですが)。それまでの祥子さん(だけ)が好きだった人にとって、「鈴木祥子」はもうその時点で終わってしまっていた、といっても決して過言ではありません。でも、実際の祥子さんの魅力はそこまでの祥子さんのそれだけではなかったのです。そして、新しいファンもいれば、昔から聴き続けて、今でも聴いているファンもいます。

坂本真綾さんも、「菅野よう子坂本真綾」で聴いているひとにとっては、『夕凪LOOP』は絶対に受け入れることのできないものだったのかもしれません。けれども、それは、彼女にとってはどうしても必要なステップで、ここを乗り越えないと歌いつづけることができなかったのかもしれません。なので、坂本真綾さんのファンの方には、彼女の挑戦を暖かく見守ってあげてほしいなあ、と思います(が、本当に駄目なひとは絶対に駄目だと思うので、そういう人が離れていくのも仕方ないかなあ、とも思います)。

とても恐いけど だいじょうぶ
道はたしかにつづいている
恐くても だいじょうぶ
愛すること 夢みること
わたしはもう 恐れない
坂本真綾『NO FEAR/あいすること』(作詞/作・編曲:鈴木祥子))

それにつけてもこの歌詞ははまりすぎ。

日渡早紀

同じく「途中で路線を変更してしまったひと」として思いつくのは日渡早紀さんなんですが、最近、日渡早紀はちゃんと再評価しないといけないような気がしています。
とりあえず『ボクを包む月の光』は2巻まで買いました。あと、『未来のうてな』『宇宙なボクら!』『GLOBAL GARDEN』(これはまだ5巻まで)も。はっきりいって、以前の彼女に比べると今ひとつ評価できないのですが(そもそも私は早紀シリーズと『記憶鮮明』が好きで、長いのはあんまり評価してない)、そういう問題じゃない、とも思うので。